2012年山行実績

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1月 信州・十観山〜入山(7-9)  
    
新年雪山山行。雪の上にテントを設営して豪勢に?宴会をする。登山者がほんとに少なく、自由にテントが設営でき、危険な処が無いところを選んで計画する。新年会を山屋らしく雪山でやろう!、雪山初心者でも安心して参加できる山行として計画され、ついでに雪山を楽しく歩こう!。
鳥ノ胸山、高指山(26-28) 鳥ノ胸山(とりのむねやま・1207m)は裏丹沢の更に奥にある道志村の山。山梨百名山の一つで道志の道の駅「どうし」が登山口、短時間で登れそうだが、雪を踏んで登りたいのでこの時期に出かける。一方、高指山は山中湖の側にある1174mのハイキング的な山で、二度歩いていて富士山と山中湖の眺めが良いところ。山頂から富士山の朝焼け・夕焼けを撮りたいと思っていた。高指山では朝焼けが始める前にガスは暖房で使い切ってしまった。楽しみにしていた朝焼け前の薄ピンク色の富士山は、東側の天気が良くなかったのか現れなかった。朝焼けも今一で、赤く色づかないままで終わってしまった。さらにカメラの電池を新品に変えなかった事もあって、寒さでシャッターが切れなくなる。また、起きたときは水だったのに、寒さでペチャンコ水筒1gの水が凍ってしまった。
2月 八ヶ岳・西天狗岳・西尾根(3-4) 新人の雪山初山行に参加する。この時期の天狗岳へは黒百合平から東天狗岳・西天狗岳を往復するのが一般的だが、リーダーの好みで(人があまりいないコースを選ぶ)渋ノ湯〜唐沢鉱泉へ向かい、西尾根を登り、西天狗岳〜東天狗岳〜黒百合平を経由して渋ノ湯に下る周遊コースになった。二日目の9時半頃に2510mのピークに出る。まともに横殴りの寒風を受ける。前方の展望も無い。この先の稜線で風を受けながら歩くとマイナス25度以下の状態になる。しばし相談、ラッセルでの進み具合、展望は望めない、この寒さなどで、かなりの危険を覚悟して進むより、残念だが此処で引き返すことにする。新人は結構厳しい体験をしたと思う。
浅間隠山(11-12) 浅間隠山は9年前の1月に登っている。今回の浅間隠山は大滝〜鷹繋山(たかつなぎやま、ようけいざん)〜山頂〜二度上峠のコースで、途中の鷹繋山を過ぎたあたりでテント泊をして宴会をする計画。15時50分頃より宴会を開始する。心地よい酔いのなかで、星が輝く夜空への打ち上げ花火を眺める。
3月 黒姫山(3-4) 黒姫山は1988年9月に戸隠山と併せて戸隠キャンプ場から登っている。その後、1993年6月に黒姫駅から登っている。今回は三度目の正直なのか天候にも恵まれて素晴らしい山行になった。快晴の中、目の前に高妻山と乙妻山、左に戸隠山、北側には妙高山、火打山、焼山、奥に雨飾山が望める。西側の奥には北アルプス・後立山連峰の山々も展望できた。
大蔵経寺山(7) 春の青春18切符利用、温泉、疲労回復、温泉、車中読書・宴会
棚横手山〜甲州高尾山(11) 春の青春18切符利用、スニーカー残雪登山、温泉、車中読書・宴会。甲州高尾山は1999年2月に登っている。
山梨・三石山(19) 春の青春18切符利用、スニーカー登山、駅から歩き始める、登り2.5時間・下り1.6時間、約1時間の車道歩きが辛かった、帰りにふきのとう収穫・春の香りを楽しむ。
山梨・大栃山(21) 春の青春18切符使用、スニーカー登山、温泉、車中読書・宴会、車道も登山道も樹林帯で展望はない、稜線に上がると北風が冷たくて良い天気なのに非常に寒い、山頂も北側(笛吹市側)のみ開け、八ヶ岳、南アルプスが望める。
山梨・足和田山(29) 青春18切符を使わず高速バス利用、スニーカー登山、バス満席で銭湯はパス、帰りの車中宴会、 ヒマラヤトレッキング用に購入したスニーカーシューズの試し履き、結果は何とか歩き通せそう。暖かい中の東海自然歩道を一人歩く。
4月 横尾山・バス廃止で現地敗退(2) 12
ネパール・ランタン谷写真トレック、
ネパール・ヤラ・ピーク

            (16-30)
ネパールのジュガール・ランタン山群で、ジュガール山群へは2001年10月にネパールから中国・チベットへ入り、チョー・オユーBC、チョモランマBCに併せて訪れ、トン・ラからと、シシャパンマBCからシシャパンマを眺める。また、ランタン山群へは1999年2月にトレッキングで、同年5月にヤラ・ピークを登ったのみで、写真山行としては訪れていなかった。が、昨年写真集を作った時に、この山群の写真がなくて淋しい思いをした。さらに、いつも眺めている「ヒマラヤ名峰辞典」に掲載してあるシシャパンマの写真を観るたびに、その場所に行ってみたい気持ちが募ってきた。そんな時に昨年夏に写真仲間のM氏からランタン谷の写真とお手紙をいただき、撮影の苦労話を伺う。そんなこともあってランタン谷の計画を立て、今回の1ヶ月に及ぶトレッキングとなった。ランシサ氷河やランタン氷河の奥に入るに従って、眺める角度が変わって、山の姿が刻々と変わるのも興味深かった。ハーゲンのコルへ行けなかったことには少なからず心残りがある。
5月 ネパール・ランタン谷写真トレック、
ネパール・ヤラ・ピーク

            (1-16)
6月 富士見山(2) 富士見山は山梨百名山に選ばれているが、戦時中は出征兵士の家族が大勢登山したとのこと。「フジミ山」を「不死身」と解釈して、「君死ぬ給ふなかれ」と祈りつつこの山に登った。この切ない願いも空しく、無言の帰還となった兵士も数多くいただろう。
7月 五郎山(20-21) 夏山シーズン前の足慣らし山行で計画する。この山は昨年(2011年)6月に会山行で登っていた。
南ア・赤石岳〜大沢岳、奥茶臼山
         (25-30)
日本山岳標高百位を登り始めて気づいた一つに「大沢岳」がある。20年前に三伏峠から入山して塩見岳を皮切りに南下して光岳まで縦走したことがある。当然そのときに大沢岳を登ったはずと思っていた。が、台風で停滞した事や、疲れていた事などで、百間洞下降点から大沢岳へ登らずに中盛丸山、兎岳、聖岳へと縦走を続けてしまった。今回山岳標高百位で残っている最後の山「大沢岳」を登り、その後に奥茶臼山を登るために大沢渡経由で「しらびそ峠」へ抜ける事で計画を立てる。三日目に大沢岳に登り、20年来の宿題をやっと達成でき、日本山岳標高百位の完登ができた。大沢渡から遠山林道を歩いてやっとヨレヨレになりながら「しらびそ峠」に16時15に到着した。奥茶臼山は往復で約10時間を要した。疲れた。
8月 朝日・化穴山(2-6) 岳人編集部が選んだ「マイナー12名山」に選ばれた「化穴山(ばけあなやま)」は朝日連峰のタキタロウ伝説で名高い大鳥池のそばにある登山道もない藪山で、主に積雪期や沢を詰めて登られている。昨年夏にチャレンジするも雨に降られて登り口までで敗退した。再度のチャレンジで予備日を設けて出かける。山頂に10時15分に到着する。登り口から約5時間半かかった。下山で尾根を間違えて沢に入ってしまった。無理矢理トラバースを繰り返してやっと三角池に帰り着く。登り口を出発して14時間の壮絶な藪こぎだった。疲れた!。
南ア・小河内岳〜大日影山
         (20-22)
先月末に日本山岳標高55位の大沢岳を登るために南アを訪れた。前回同様に20年前に塩見岳〜光岳を縦走したときに歩いた部分の山で、大日影山への縦走路は山頂を通らずにトラバース気味に通り過ぎている。今回の「大日影山」も日本山岳標高二百位の135位にその名を連ねている山で、季節運行のバスを利用して登りに出かける。無事登って二百位完登まで残り5座になった。
那須・南月山(27) 青春18切符を利用しての山行。宇都宮線が人身事故で運休中、予定通りに行かなくなる。帰るか!、行くか!迷った末にコースを 変 えて上ることにして来た電車に乗る。少し遅れながら登れる。黒磯駅で打ち上げ(少々淋しい感はあるが)、ウトウトしながら帰る。
9月 南ア・夜叉神峠〜千頭星山〜甘利山
         (13-15)
やっと良い天気になったのでネパールの足慣らしで決めた山行。甘利山は26年前にツツジを眺めに山友達と出かけた。山の記憶はほとんど残っていないが、友達と楽しく飲んだことだけは記憶にある。縦走し登り終えて白鳳荘に厄介になる。大広間を一人で占領する。すぐに宴会を始め気持ちよく酔っていく。元料理人の小屋番も親切で話が弾む。
富士山(高度順応)(21-22) 10月のネパール・メラ・ピーク(6451m)へ登る為のトレーニングと高度順応で出かける。今回で八回目の富士山登山となる。二日連続で山頂を往復する。二日目にどこかの修行者が「天狗の一本歯下駄」を履いて山頂まで登っていた。下山路で追い抜いたが非常に歩きにくそうで、スリップしないように一歩一歩慎重に下っていた。「歩き難そう!、大変ですね」『大変です!』「修行ですか?」『修行です』「気をつけてください」『がんばります』
ネパール・メラ・ピーク(28-30) 春4月のネパール・ランタン谷に続いて、クーンブ山群のメラ・ピーク(6451)から写真を撮りたくて計画する。ついでにメラ・ピークを登った後に、ロルワーリン山群を歩く事も同時に計画する。時ならぬ大雪でクレバスが隠れ、危険だから登山を中止する。山頂は踏めなかったものの、遠くチョー・オユーからエベレスト、マカルーと、すばらしい展望を撮れたことで満足しながら下った。
カトマンズに帰り一息入れてからロルワーリン山群へ出かける。この山群を歩くのは初めてで、今回特に行きたいところは「マンルン・ラ(5616m)」と「テシ・ラプチャ(5755m)」で、ザイル、ピッケル、アイゼンなどの登攀道具が必要とのこと。ハーネスはテープシュリンゲで代用した。8日目マンルン・ラへ向けてスラブ状の岩を登り始める。峠へは12時を回ってしまった。峠からの写真撮影としての時間は過ぎてしまった。が、遠くチョー・オユーも眺められ写真を撮って下山を開始する。下りもコンテで慎重に下っていく。懸垂下降も何度か行う。12日目テシ・ラプチャ(峠)着、崖の陰にテント泊する。写真もほぼ撮り終えてカトマンズへのフライトも順調に飛び、メラ・ピークから始めた今回の長いトレッキングも無事終了した。カトマンズでは一人「トンパ」を飲みながら来年の計画を考えていた。
10月 ネパール・メラ・ピーク(1-17)
   ロルワーリン山群トレッキング
          (18-31)
11月 ロルワーリン山群トレッキング
           (1-8)
12月 日光・笹目倉山〜鶏鳴山(11) ネパールトレッキングから約一ヶ月が経ち、写真の整理やHPのアップも済んで冬枯れの山歩きを始める事にした。今回の山は前日光に有る笹目倉山と鶏鳴山、共に登山道が整備されているが交通の便が悪い。
栃木・尾出山〜高原山(16) 栃木の山(百名山)を調べて次々に計画を立てて、この時期に比較的登りやすい県南・両毛地区(桐生・足利・佐野・栃木)の中から選んで出かける。
南ア・仙丈ヶ岳・地蔵尾根
         (21-25)
会山行、ラッセルが大変で途中敗退する。

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