T、運動生理学とバテない方法
1,運動生理学(運動と身体の仕組み)
1-1はじめに
1)内容の基本
@医学的知識ではなく運動生理学、体力科学、健康科学を中心に。
どうしたら良い成績・楽に・健康的に、さまざま意味で登山を「よりよく行う」
Aハウツー集ではない。
人間の身体は個人差が大きい、身体をよりよく扱う基礎知識を身につけ、状況に応じて自分の判断で巧く動かし、
何故そうするのが良いのか!を体験して自分なりの方法を見つける事が大事。
B対象はハイキングからヒマラヤへ、初心者からベテランまで、少年から中高年まで。
1-2登山は健康に良い
1)成人病
@運動不足と栄養過剰
体内エネルギー過剰→脂肪蓄積→コレステロール増加→動脈硬化→心臓病・脳卒中→?
A成人病には運動が効果的(有酸素運動)
体(車)を動かすのは筋(エンジン)で、食物の炭水化物(糖質)と脂肪(ガソリン)を酸素で燃焼させエネルギーを生み出して行う。
→脂肪を消費・呼吸循環系を活発に使う→血管の掃除・強化→成人病対策に良い。
2)有酸素運動
@登山は最適な健康運動
酸素で食物を燃やしてエネルギーを生み出す運動(ジョギング・ウオーキング・水泳・自転車・クロカン)→ジョギングは制限や問題有
→その他単調で飽きやすい→登山最適、荷物(負荷)・坂道・風景・お花・おしゃべり・良い環境・森林浴・・・・・。
A莫大なエネルギー消費の登山
ゆっくり日帰り(4時間、子供連れ)で1500`カロリー、チョットきつめ(7・8時間)で5000〜7000 `カロリー、
マラソンは2000〜2500`カロリー。
登山は運動時間が長いので消費が多い。
B脂肪の減量効果に優れる登山
ゆっくりと長時間運動したときに脂肪は一番良く燃える。
2,バテない身体の動かし方
2-1どうしてバテル、疲労物質−乳酸
1)速く歩くと何故バテる
人体のエンジン(筋)の性質を無視した動かし方をするとトラブル→バテる!。速く歩く(運動)すると
心拍数は歩行速度に比例して高くなる、血圧も同様。
血中乳酸値はある速度から急に増加している。乳酸〓疲労物質、乳酸が発生しない速度以下で歩くと 疲労せずに歩き続けられる。
乳酸が増加し始めるポイントをAT(無酸素性作業閾値)と言う。
有酸素運動(エネルギー)と無酸素運動(エネルギー)の概念図を示す。
2-2マイペース
1)個人差があるマイペース
目安として@とA両方で判断して各自が体験して決める。
@心拍数(有酸素ゾーン)
150〜160以下(左図参照)
A主観的運動強度
「ややきつい」〜「きつい」以下
ATは性別、年齢などで違うが鍛錬法(トレーニング)によって高められる。
2)下りでの注意
乳酸よりも「伸張性収縮」による筋の壊れ→修復に時間かかる。
《疲労に耐えて頑張るのではなく、疲労せずに運動できる能力を高めることが重要》
U.バテない歩き方と身体の手入れ
1.燃料補給
1-1燃料切れ−どうなる
身体での燃料(炭水化物と脂肪)の貯蔵量は、脂肪は約7日分有るが、炭水化物は約1.5時間分しかない。
半分ずつ混ぜて使用しても炭水化物は3時間分しか保たない。
しかし、脂肪がまだ残っているから大丈夫?。ところが脂肪は炭水化物と混ぜ合わせないと燃ない。
最後は燃料切れで(新車も)走行不能になる。
もう一つ、脳も沢山のエネルギーを消費する。しかも、炭水化物しか燃料にならない。燃料(炭水化物)が欠乏すると
脳の機能(理性、運動、感覚)が低下し重大な事故の引き金になる。
1-2効率よい燃料補給
登山中に何を、どの位、どのように食べるか・・・・。
@炭水化物;デンプン類(遅効性)と糖類(速効性)で以下のような物がある。
デンプン類:ご飯、餅、麺類、パン、イモ 等
糖 類:砂糖、飴、チョコレート、キャラメル、ジュース 等で、食べ過ぎないように。
Aどの位
消費カロリー ;荷物10kg、8時間登山⇒約4000 kcal で、炭水化物は半分の2000 kcal必要
炭水化物貯蔵量;約1500〜2000 kcal で、約500 kcal使用、残りは温存する、事にする
補給カロリー ;2000−500=1500 kcal 位必要。ご飯で約6杯分になる。
補給は“バテる前に早目に、さらに、意識的に食べること”。
Bどのように
朝食は必ず食べ、昼食はまとめてでは無く行動中に少しずつ(2時間に1回位)食べる。
夕食も炭水化物を中心にしっかり食べるように。
朝食を食べないとどうなるか ⇒
1-3その他
炭水化物を節約する知恵は・・・?
@体力の向上 ;持久力の向上⇒トレーニングによるATの向上(次回説明)
A歩行技術 ;マイペース、歩き始めはゆっくりと
B貯蔵量の増加;登山の1週間前から練習量を次第に減らし最終日は休息に、食事は3日前から高炭水化物食にする。
約2倍になる。但し、普段からトレーニングをしていないと効果?。
登山は いかに炭水化物を切らさずに歩くかが重要。
2,水分補給
2-1積極的に飲もう
@水を飲むとバテる・・・?
昔は山で水を飲むとバテると言われたが、今は水を飲まなければバテる事は常識になった。
A水を飲まないと、どうなる!
筋で多量のエネルギーが発生⇒熱が発生⇒体温が上昇する⇒汗が出る・脱水⇒筋がつる、熱疲労、熱射病⇒最終的に
体温が5度上昇すると死に至る(その前に動けなくなる)。
(熱の発散は汗が蒸発する時の蒸発熱で体温を下げる、長時間水分補給をしないと汗をかけなくなり体温を下げられなくなる。)
B水分量は
下図で解るように失ったと同じ量を補給するのがベター、1時間に約500決ハが目安。
寒い時にも水分補給は必要、呼気(激しい運動)で1時間に100〜300月クう。
Cどのように飲むか
自分が飲みたいと思う温度の水分で、問題がなければ吸収が速い冷水がベター。飲み過ぎという事は無いが、
少しずつ小刻みに飲む方が内臓のために良い。
Dスポーツドリンク
長所;糖分、電解質の補給が出来る
短所;消化作用が必要で速効性に劣る。 脱水状態の場合はただの冷水が良い。
Eお茶とコーヒー
カフェインが含まれていて脂肪の燃焼を促進、炭水化物の消耗を節約する効果が有って良い。
(しかし、無理して飲まないように)
Fその他
高温多湿では汗をかいても蒸発せず、水を飲んでも効果が出にくい、山行は避けた方が良い。
身体がオーバーヒートしないように定期的に水を補給する こと。
3,中高年・女性・子供の体力特性と注意点
3-1手入れ次第で中古車を新車に
@体力の低下
A下りでの事故
下りでは大腿四頭筋を不自然な使い方(伸張性収縮:引き伸ばされながら力を発揮する)によって損傷しやすい。
さらに衝撃力を吸収する筋の老化でさらに疲れる。
B手入れ(新車を維持するために)
下界では
ストレッチング→怪我・疲労・筋肉痛・筋のコリ・腰痛などの防止効果
体力トレーニング→毎週山行、月一ではダメで事前のトレーニング必要
コンディショニング→規則正しい食生活、飲酒はほどほどに、夜行登山は避ける
山では身体にかかる負担の軽減→知識と技術の習得、体力トレーニングで体力に向上
登り→3原則を守る、足の置き方、歩幅、荷物の背負い方
下り→歩行技術の習得、ストックの使用、装備の見直し
3-2小型車の女性、子供は軽負荷で
@女性
エンジン出力は男性の約7割→体力トレで男性並になれるが、負担(速度・荷物・・・等)を軽減する配慮必要、
脂肪は余分な荷物→不利
A子供
持久力は大人と余り変わらない、筋力は未発達で負荷の軽減を、トレーニングは骨の成長がほぼ終了する頃(高校生以上)から
疲労防止の3原則
1.疲労物質の乳酸を出さないよう心拍数と主観的運動強度で走行ペースを調整する。
2.エネルギー源が枯渇しないように定期的に炭水化物を補給する。
3.体温が上昇しないよう定期的に水分を補給
V、トレーニング
バテない為に
@乳酸が貯まらないようにマイペースで歩く。
A酸素を十分取り入れる。
B燃料である炭水化物を切らさず摂取する。
C体温の上昇を防ぐために積極的に水分を取る。
などが必要ですが、しかし、山を登るための基礎体力が無いと結局はバテを防ぐことは出来ない。
1,その1
1-1独自の“登山体力”
登山に必要な“登山体力”は下界のスポーツとは少し違う独自の体力が要求される。
@スピード;ゆっくり歩くのであまり必要ない。スポーツ音痴でも楽しめる。
A力 ;荷物を背負う、上りも下りも有り必要。
B持久力 ;長い一日の行動時間、長期間山行などで重要な要素。
登山体力はスピード不要で筋力と持久力が中心ですが、より楽しく・安全に・健康的に、又、より行動範囲を広げるためにも
基礎体力は必要、特に非常時は特に重要。さらに体力を使い切ることなく、余裕を持って行動できることも必要。
1-2持久力トレで“排気量の大きい車”に
1)登山に必要な筋力
人体の主な筋と典型的な持久力運動である登山に重要な働きをする筋力を下図に示す。
大腿四頭筋
@疲労せずに歩ける A下りの着地衝撃の吸収
Bバランス能力向上 C膝関節の保護、予防・改善
腹筋と背筋(脊柱起立筋)
@姿勢の維持 A転倒の予防
B疲労を少なくする C腰痛予防(腹筋と背筋のバランス重要)
2)登山に必要な持久力
長時間にわたって筋を動かし続けるためには
@筋の内部で酸素を利用する(エネルギーを作る)能力
A酸素を送り続ける呼吸循環系の能力
が重要で、最大酸素摂取量(VO2max)、無酸素性作業閾値(AT)で表される。
VO2maxは全身持久力を表す指標で、1分間当たりの最大酸素摂取量(体重当たり)で体内のエネルギー発生量(排気量)に
比例し、持久トレーニングにて向上(約2倍)する。但し、排気量が大きくても車体(体重)が重ければその能力は相殺される。
ATは乳酸が増加し始めるポイントで疲労せずに歩き続けられる目安となるもので、VO2maxの何%を有効に利用できるかを
表す指標で、一般的には50〜60%をトレーニングにて80〜90%に向上させる事が出来る。
2,その2
2-1下界での効果的なトレ
週に1〜2日山に行けば、ある程度のトレーニング効果は得られるが、月に1〜2日では体力トレーニング効果はない。
従って補強トレーニングが必要。
最良のトレーニングは登山!
2-2持久力と下りの能力アップ
1)重要な下りの能力
筋細胞の損傷や筋、腱、骨への物理的な衝撃は、上りより下りの方がはるかに負担は大きく、下界では身に付きにくい。
効果があるのは階段の昇降で、ゆっくりと、二段飛びで、スピードを上げて、荷物を背負って、つま先で、・・・・。
2)持久トレの3条件
最大酸素摂取量を向上させるために
@強度 ;目安は心拍数(220−年齢)×(0.65〜0.85) 〈例〉50才:110〜145
A時間 ;1日15分〜60分
B頻度 ;1週に3〜5回
それぞれトレーニングに慣れたら上限を目指して努力する。
ATの向上は最大酸素摂取量を向上させれば同時に向上するが、相対的に最大酸素摂取量は時間よりも強度が重要で、
ATは強度よりも時間が重要である。
3)量が重要
登山は完走型のスポーツでトレーニング量(時間×頻度)が重要。マラソンと長時間(十数時間)歩行の違い
3,その3
3-1効率アップの筋力トレ
1)筋トレ方法
@自分の体重を負荷とする方法
Aバーベル、ダンベルなどを利用する方法
Bトレーニングマシンを利用する方法
歩く登山を念頭に置いて機器を使わずに出来る@の方法を以下に紹介する。
2)脚の筋トレ
@スクワット;大腿四頭筋
Aかかと上げ;下腿三頭筋 ザックを背負う、片足などでレベルアップを!。
3)体幹
上体起こし;腹筋
上体そらし;背筋 頭の後ろに重し、傾斜を付けてなどでレベルアップを!。
4)上半身
@腕立て伏せ;上腕三頭筋、大胸筋 傾斜を変えて、レベルアップを!。
5)負荷と回数
筋持久力の向上のためには
@スタート時(初心者);20〜30RMの負荷で、1日3セット、週に2〜3日
A目標(慣れた人) ;15RM以上の負荷で、 1日3セット、週に2〜3日
例〉20RM;同じ運動をして20回でバテた時の負荷
6)注意事項
正しい方法で行わないと効果が半減したり、故障を招いたりする。
@正しいフォーム ;最初は軽い負荷で、疲れてフォームが乱れたら中止か負荷を軽減する。
Aゆっくり行う ;スピードや反動を付けないこと。
B負仕事相の意識 ;筋の伸張性収縮も重要。(正:短縮、負:伸張)
C呼吸に注意 ;息を止めて力んで行わない。(正:息を吐き、負:息を吸う)
3-2全身をまんべんなく使いさらに効率アップ
1)柔軟性(ストレッチング)
柔軟性がないと、
@動作がぎこちなくスムーズに動けない。
Aエネルギーロスが大きく、疲労しやすい。
B筋、腱、関節の傷害も起こしやすい。
等の問題がある。ストレッチの方法は、柔らかくしたい部分を自発的にゆっくり(反動を付けずに)引き伸ばし、
心地よい引き延ばし感(痛くない)を感じたところで、暫く(約20〜30秒)静止させる
その時、息を止めないでゆっくり呼吸をしながら行うこと。
行う時期は運動(登山)を行う前後、身体が暖まっている入浴後も効果あり。
2)バランス
登山ではバランスを崩して転倒事故を起こすことが多いが、脚の筋トレにて能力の向上が得られる。
3)減量トレーニング
@.食べる量を減らし、摂取エネルギーを小さくする。 例:500`i
A.運動を行い、消費エネルギーを大きくする。 例:500`i
B.@とAの組み合わせ。 例:食250`i、運250`i
健康的な減量をするためには運動は不可欠の条件。運動は持久力トレと筋力トレの併用で行う。脂肪は低強度・長時間の運動で
良く燃え、全身の筋をまんべんなく使うことでさらに効率が高まる。(登山そのもの)
食事は三食規則正しく食べ、朝食と昼食に重点を置き、夕食は控えめにする。内容は炭水化物と脂肪を減らし、
タンパク質・ビタミン・ミネラルは減らさないこと。
W、おわりに
楽しく楽に登山をみんなで出来るように、さらに余裕を持って多彩な山登りが出来るようにと、三回にわたり“登山の体力科学”の
一部をまとめてきましたが、実際の山登りでの技術やテクニック、山で楽しく過ごす為の知恵や遭難をしないために、
・・・等まだまだ多くのみんなで考えて行きたいテーマが有ると思います。
参考資料;山本 正喜薯「登山の体力科学」(岳人) 、「登山の運動生理学百科」(東京新聞出版局)
登山の体力科学
階段の昇降
比較的効果があるのは
バテないためには
@乳酸が発生しない速度で歩く
A酸素の摂取能力を高める
B食糧(炭水化物・脂肪)の補給
Cその他